January 16, 2013

緊縛について

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問い合わせ等がございましたので、以下の一文を掲載しておきたいと思います。

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 すべて人の行為には目的があり、またそれを達成するための手段がある。緊縛という行為を手段とみなした場合、その目的は一体何であるのか。人によって様々なものが考えられるであろうが、今此処に便宜上、以下の様式で分類を試みる。その上で隷嬢寫眞館における緊縛の目的も自ずから導かれてくるのであろう。
 緊縛の現実世界における実践を目的としたものを「実」、そうではないものを「虚」と名付けることとする。
 「実」について、緊縛とは元来日常生活に普通に存在するものではないが、あえてこれを本気で真剣に実践せねばならない場合、例えば、犯罪を犯すとか、捕物を行うとか、このようなものを「真」と名付ける。そうではなく、遊戯や遊興の一環として実践する場合、即ち、プレイとかごっことかと称せられるセッションにおいて行う場合、これを「偽」と名付ける。
 「虚」について、自らの実践を目的としないということは、鑑賞する、妄想する、創作する、等の言葉に換言することも出来ようが、緊縛の実体そのものが確認しづらい妄想や創作等は此処では除外し、実体の見える鑑賞のみに限って話を進めると、鑑賞の客体について実体を直接見るものを「直」と名付け、実体を何らかの媒体を介して間接的に見るものを「間」と名付ける。前者は、ショー等がそれであり、後者は、ビデオ等が該当するであろう。
 「実・真」「実・偽」「虚・直」「虚・間」それぞれの目的に応じて緊縛の態様も自ずと異なったものになっていくと思われるが、此処では細かいことまでは触れない。いずれ有識者が詳細な解説を著してくれるであろう。ただ、はっきりと言っておきたいのは、隷嬢寫眞館が目指す緊縛が「虚・間」の目的を達成するための手段に他ならないということである。
 「虚・間」は更に、静止画中心のもの(これを「静」と名付ける)と、動画中心のもの(これを「動」と名付ける)とに分けられようが、隷嬢寫眞館の立場は微妙である。元来、静止画中心で立ち上がったサイトではあったが、時代の流れから動画作品を主力としてきた歴史を振り返ると、どちらに属するべきなのか明確にし難いのである。どちらもというわけにも行くまい。「虚・間・静」「虚・間・動」それぞれ緊縛の内容に差異が生じ得るのであろうから。とは言うものの、制作時間を多く費やす動画に寄ったかたちで今後暫くは制作を続けなければならないであろうから、此処では敢えて「虚・間・動」の目的にかなった緊縛を奉ずるのが自然であろう。
 故に、隷嬢寫眞館が表現する緊縛は、当面の間、「虚・間・動」の目的達成のためのものであると申し上げたい。よって必然的に、個別撮影や緊縛教室等で行う緊縛も同様であるということをご理解いただきたい次第である。
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reijoh_shashinkan at 00:00│Comments(0)TrackBack(0) 緊縛に関すること 

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