August 20, 2005

着装文化通信15 ガーターストッキング

 最近の街行く若い女性の高露出度には、単純に楽しいやら、時には少々目のやり場に困ってひるんでしまうやらでして、下着のままで歩いておられるような娘さんも少なくありません。しかしながら、「たまたま」チラリと覗いてこその喜び、とでも申しましょうか、例えば、笑顔のグラビア女優さんの「爽やかM字開脚」を拝むよりも、タイトスカートの裾からスラリと覗く脚にぴったりと纏わり付いた黒いストッキングのシームを見つけた時の方がはるかに幸せを感じるのは、私だけではありますまい。
 ストッキングと申しましても、いわゆる「パンティストッキング」ではなく、わかりやすくいうと『太ももまでの長さまでしかなく、ガーターベルトで吊ることによって固定する』という種類の「ガーターストッキング」というものについて、です。やはり外国の方が履くイメージが強いでしょうか。日本で履いている方を実際に目にすることはほとんどありません。まったく残念なことです。
 ガーターストッキングはパンスト(パンティストッキング)とは全く似て非なるもの、でございます。パンストのように伸び縮みしない素材なので履いた時に足首などに色ムラができることがなく、透明のベールが脚を均一に覆い、独特な輝きを与えます。その透明感と色、その艶の美しさがパンストにない独特の魅力です。そしてそういった外見的な美しさはもちろんのこと、ストッキングには更にこちらの想像(妄想)をかき立てる十分な要素があります。まずその女性がストッキングを履くところ。どんな風に脚を通し、そして留めたのか。この一連の動作は女性を最も美しく見せるものであることは間違いありません。そして更にそのスカートの中のレースで編まれたガーターベルト、その下の華麗なパンティ、そして覗く白い太もも、という絵をどんな男性であっても(?)想像せずにはおられないものなのです。こうなると、彼女が「わざわざ」ストッキングを着用している理由、ストッキングを直す動作、などあることないこと考えてひとり楽しむこともできるわけです。『「ストッキング」を着用している』というたったそれだけのことに多少の思い込みと夢をみせてくれる、それがガーターストッキングの妖しい魔法なのです。
 ガーターストッキング、というものは実際にその女性を大変美しくする力も備えております。ガーターという特別な衣装が外国の映画のヒロインにでもなったような意識を与えるのでしょうか、その女性の立ち振る舞いと雰囲気を明らかに変えてしまうのであります。
 撮影時、ガーターを身につけてもらった途端、さっきまで普通に笑っていたモデルの女の子が、急に優雅なお嬢様になってしまう、という具合です。自分の女性としての魅力を意識した瞬間、その女性は美しく、優雅な貴婦人に変わってしまうのです。
 聞けば日常的にガーターを使っているようなプロ(愛好家?)の方はストッキングを履く時、伝線しないよう手袋をはめるそうです。装着時も何かに引っ掛けてしまわぬよう、シームラインがずれてしまわぬよう、ずり落ちてきてしまわぬよう、しわがよらぬよう(パンストのようなフィット感がないため)、常に気を配っているということです。そんな苦労を、気遣いを、そして気位の高さを思う時、私は目の前のその女性に対してある種の尊敬の念をもたずにはおられないのです。そして、わざわざそんな苦労(?)を買って出るような奥ゆかしい、美意識の高い、女性が。美しくない訳がないではないですか。
 やはりここでもまた、前回の「自縛する女性」の時と同じく、不自由さを強いられた(自ら強いている)時の女性の美しさに、悩ましさ、について想いを馳せる私なのでございます。
 ガーターストッキングの魅力はまだまだ色々とあるのですが、とてもとても語り尽くさせるものではないようです。というわけで今回はこの辺で…。

S&Mスナイパー2005年10月号掲載



reijoh_shashinkan at 23:06|PermalinkComments(0) Share on Tumblr ストッキング類 

August 14, 2005

カバコ

 2chのフェチ板に「【カバコ】パンストとソックスの重ね穿き リターンズ」というスレを見かけました。このカバコというのは「重ね」「履きした」「子」の頭文字をとったものだそうで、ストッキングの上に靴下を重ねていたり、靴下の下にストッキングをはいている状態、とスレ冒頭に定義されておりました。この語が一体いつ頃から使用されているのかは不明でありますが、隷嬢寫眞館におきましては、最初から一貫してその嗜好を継続しております。コギャルもブルマーもセーラー服もテニスウェアもオーバーニーソックスもハイソックスも、ぜーんぶが、カバコです。特に最近はオーバーニーソックス・カバコに萌えです。
 ところで、オーバーニーソックスを穿いた脚において、オーバーニーソックスの縁からスカートまたはホットパンツの裾に至る脚の肌色が見える部分を「絶対領域」というのだそうですが、カバコの場合も絶対領域と看做してよいものなのでしょうか。専用のコミュやサイトはあるのだけれど、なんとなく怖くて聞けません(笑)。
 誰か優しく教えてください。
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reijoh_shashinkan at 23:37|PermalinkComments(0) Share on Tumblr ストッキング類 

June 20, 2005

着装文化通信14 自縛

 SMやボンデージというものは基本的には相手がいてこそ、の遊びであります。SM趣味(といっても幅は広いですが)の人は一般的な社会のなかでは、現代におきましてもまだまだ「変態さん」と認識されてしまうことが少なくないようですから、多くの人が自分の性癖に気がつきつつも理想のパートナーに出会えずに、又はすでに恋人がいたとしても言い出せずに日々、様々な衝動に耐えつつ悶々と暮らしているのではないでしょうか。そもそもごく普通のお嬢さんに対して、おもむろに縄とセーラー服をとりだし、「これを着て縛られた君が見たいのだが」などというセリフを吐いて、その上さらに「いやいや、生足じゃなくて靴下の下にも重ねてパンストをはいてくれたまえ」などと指示を出したりできる人は、なかなか存在しないのではないでしょうか。下手をしたらこの御時世、警察沙汰にもなりかねません。
 しかし相手探しに苦労するのは何も「S」の方だけではありません。縛られたい、虐められたい、「M」の方こそ深刻ともいえるでしょう。特に受け身な立場であるMの方は相手にすべてを委ねてしまう分、軽はずみに相手を選んでしまいますと、肉体的にも精神的にも傷ついてしまう可能性がとても高いのです。理想の御主人様をみつけるのは実は理想の奴隷を探すよりも大変で危険なことなのです。
 他にも、縛られてみたいけど頼める人がいない、興味はあるけど…、ちょっと囚われのヒロイン気分に浸ってみたい、なんていう「私マゾなんです!」とまではいかないモデルさんは隷嬢寫眞館にも多くいらっしゃいます。そのような女性の皆様に、軽い気持ちで試していただきたいもの、それが「自縛」です。
 「自縛」、つまり「自分で自分を縛る」わけです。自給自足、一人二役、独り遊び…なんでもいいですがつまりそういうことです。必要なものは縄と少しの妄想力、これだけです。
 最大のメリットは相手がいなくても実行できることでしょう。「いつでもどこでも好きなだけ」、しかも縄の巻きつけ方、締め具合、すべて思い通りです。やはりある程度の限界はありますが、たいていの縛りは可能なのではないでしょうか。まずチャレンジしていただきたいのが、後ろ手縛りです。囚われのかわいそうな少女(ヒロイン)はやはり後ろ手に縛られていて欲しい、と願うのは私だけではないはずです。手錠などはお手軽でよいですが、やはりちょっとがんばって縄に挑戦して頂きたいところです。難しそうに思えますが、女性の方は手首の関節も柔らかく細いですから後ろ手でも縄を何回か巻きつけて、くるんくるんと結んでしまうことが意外とアッサリできてしまうものです。他にも上半身は勿論、「ホグタイ」、「あぐら縛り」、さらには「自吊り」(自分で吊る!)というところまで極める方もいらっしゃいます。特に相手との関係性や場面設定というよりは、拘束感そのものに喜びを感じるタイプの場合、癖になってしまう方も多いようです。(中には夜、自縛したまま寝てしまうという話しもききました。)
 私はといえば、特に「縛られ願望」はございませんので自分ではいたしませんが、「自縛して楽しむ女性」を眺めるのはまた新鮮な感動であります。自ら窮地に落ち入っていくヒロイン達…。自らの身体に縄を巻き付け拘束していく喜び、不自由になることへの願望、は私の理解できるところではありませんが、自分を縛る彼女達の表情は縛られた後のものとは又違った種類の興奮と欲望に満ちているように感じられます。縄を望む女性は美しい。一口にいうとただそれだけのことなのですが。
 ただ当然ですが、安全には十分に考慮して行うことが大切です。
自吊りに挑戦して縄に絡まって死んでしまった場合、自殺かそれとも他殺なのか?ということで周囲の人はさぞ困惑することでしょうから…。

S&Mスナイパー2005年8月号掲載



reijoh_shashinkan at 23:08|PermalinkComments(0) Share on Tumblr セルフボンデージ 

April 20, 2005

着装文化通信13 チャイナ服

 今回は、日常生活の中ではあまりお目にかかることのできない「チャイナ服の魅力」について少し触れさせて頂きたいと思います。「チャイナ服」は隷嬢寫眞館でも人気シリーズのひとつであり、外すことの出来ないジャンルであります。
 「チャイナ服」は、一般的にも「コスプレ」の一種として「セーラー服」や「体操服」、などのように確立されている人気ジャンルではありますが、その本質は他のものと異なるように思います。例えばセーラー服や体操服(ブルマ)なら女子学生、スーツならOL、メイドなら…給仕さん(?)などのように、普通のコスプレ衣装には、お決まりの場面を想定させるお約束というものが当然のように存在するのでありますが、チャイナ服にはそれが存在しません。チャイナ服は、誰がいつ何のために着るのかということをあまり問題にしないのです。ぶっちゃけた言い方をしてしまうと、外見が可愛らしい洋服の種類のひとつなのです。「チャイナ」という言葉は「中国」のことに他なりませんが、コスプレとしてのチャイナ服には中国関係の設定は特に必要とされていないことが多いように思います。まず設定ありき、いかにしてその場面の物語を妄想させ、その世界を感じさせるかが重要であるところの「コスプレ」において、この外観重視であり設定のつけにくい「チャイナ服」がここまでの人気と認知度を得ているのは、不思議といえば不思議なことです。それでも事実、チャイナ服は女性を美しくみせることに優れ、そしてそれに魅了されてしまう人は数多いのです。
 女性がひとたびチャイナ服に袖を通せば、(あの独特の布地は殆ど伸び縮み致しませんから)脚は思うように開かない、胸も締め付けられて、着用しただけでもちょっとした拘束衣を身にまとったような状態に陥ります。更に心持たない程の薄い布。体にぴったりとくっつくライン、およそ実用的とはいえない不自然に長いタイトスカートの丈、そして、まさにこれぞチャイナ服の醍醐味、深く入ったスリット。歩く度、露わに見え隠れする白き太腿。捲れる布地の形状の美しさ。(それは日本の着物の裾がめくれて、脚が見えた時の歓喜と少し似ていると筆者は思っています)
 さらに隷嬢寫眞館でチャイナ服を語る時、ストッキング、ハイヒールという小道具は切り離すことができません。派手な原色のチャイナ服に黒のストッキング、あるいは濃い茶系のパンティーストッキング、ああ、なんとも刺激的な色合いではありませんか。更に、高いヒールは妖艶な雰囲気を醸し出すのに重要なアイテムとなります。隷嬢達の、もがいてもがいて、捲れあがった裾から覗く白い脚、そしてその太腿に食い込むストッキング。そして更に巻き付く縄。チャイナ服を身にまとった隷嬢達は又、そのタイトさのゆえでしょうか、独特に色っぽい振る舞いとポーズを表現してくれます。例えば、写真のチャイナ服の彼女の絶妙な身体の傾き具合、ねじった腰の色っぽさ、組まれた手の形の美しさ、視線の表情、そしてなんともいえぬ脚の向きはどうでしょうか!この裾のめくれ具合はまさにチャイナならでは。布も魅せ、脚も魅せる。しかも絵になる。これがチャイナ服の最大の長所のひとつであり、筆者も又チャイナ服を好む理由のひとつなのであります。先日たまたまテレビで見たのですが、本場中国ではチャイな服はオーダーメイドが基本であって何十カ所も体のサイズを細かく計り、自分だけにピッタリのものを作るのだそうです。ということはその服を着続けるためには現在の体のラインを常に保たなければいけないわけです。あれ程体のラインがハッキリでるわけですから、そのプレッシャーと束縛感はいかほどのものであるか、おそらく計り知れぬものなのだとは思いますが、男である筆者には想像もつきません。ただ、精神的にせよ肉体的にせよ、自由を奪われ、束縛され、それに健気にも耐える女性の姿は美しく見えるものだということだけは、間違いないと思います。

S&Mスナイパー2005年6月号掲載



reijoh_shashinkan at 23:10|PermalinkComments(0) Share on Tumblr 衣装に関すること 

February 20, 2005

着装文化通信12 ブーツ

 秋・冬、街行く女性の脚にはブーツが欠かせません。脚にぴっちりと隙間なくフィットしていて、ヒールの高さが10センチ程度のデザインであれば、縄をかけずとも女性はボンデージ的な感覚を味わうことになります。ブーツ姿の女性は下手な縛り以上に拘束感を味わっているので、鑑賞する側の頭の働かせようによっては素晴らしいボンデージシーンを堪能することができるわけです。
 タイトなブーツは履いているだけで歩行を難しくします。なんといってもまず、そのヒールの高さで平衡感覚がゆらぐからです。ヒールはピン、即ち地面に触れる面積が狭ければ狭いほど安定感がなくなります。さらに追い討ちをかけるのが、足首の締め付け。パンプスでは味わえない苦しさです。その感触は、足首にロープが幾重にもきつく巻かれているのとよく似ているとのこと。特に購入直後で脚に馴染んでいないものは大変で、ひどい場合は足首を曲げることすらできないそうです。階段などの段差のある場所は特に足首を使いますから、手すりにつかまらないと階段を下りられないというモデルさんもいます。街でブーツ姿の女性を観察していると、時にこれに近い状態の方を見かけることがありますね。周囲に比べて歩行速度が極端に遅い。一足ごとに上半身が揺らいでいる。付き添いの男性にもたれかかり、ほとんど支えてもらっている方さえいます。彼女たちは、男性諸君からは想像もつかないような苦痛を一歩一歩耐え忍びながら歩いているのです。しかも歩数が増えれば増えるほど、脚の疲労と共に苦痛が倍増していくのです。その日一日歩行する歩数を考えると、その苦痛は一日中続く拷問のようなものです。まさか道で履物を取るわけにもいきませんから、まさしく白昼堂々野外ボンデージと言っても過言ではないでしょう。しかも哀れなことに、彼女たちはその苦痛などどこ吹く風と、ポーカーフェイスで隠さなければいけません。彼氏や連れの友人の前で苦悶に満ちた顔などしたら、折角のお洒落が台無しですからね。
 さて、私はそういう女性を眺めつつ、彼女の脚にかかる圧迫感や拘束感、それに伴う苦痛をまざまざと想像して楽しむわけです。ブーツはアクションヒロインのコスチュームをも連想させますので、捉われのヒロインといったシチュエーションが実によい妄想ネタになります。
 ここで肝心なのは、女性の脚を包むのはブーツだけではいけないという点です。女性の脚はブーツの下でさらにストッキングに包まれていなければいけません。素肌を晒したナマ脚ブーツなどはもう、私の着装文化的な視点でいえばほとんど鑑賞するに値しません。以前の号でオーバーニーソックスについて触れた時と同じ発想なのですが、女性の脚が幾重にも包まれている状態というのが私のフェティシズムをくすぐるのです。女性の肌、ナイロンの布地、そしてブーツの皮が醸し出す臭覚もたまりません。足先、指の間にじんわりと滲む汗がブーツの中で蒸れて、そのブーツを脱がして取り去る瞬間には、さぞかしムワリとした臭気が立ちのぼるでしょう。気取り上がった女性にとって、これは大変な恥部であるわけです。ですからなおさら私は、その臭いに興奮するのです。ああ、彼女に縄をかけたらどうなるだろう?そういう私の願望を具現化したのが写真●となります。ストッキングで光沢付いた太股。ぴっちりと脛と足首を締め付けるブーツ。ただでさえきつい足首を無情にもさらにロープが締め付けています。ミニスカートにもホットパンツにもよく合う可憐なブーツ姿ですが、下半身の拘束感は通常の緊縛の倍にもなると思われます。
 この苦しみに満ちた拘束感、逃れたがたいチラリズムにのたうちまわる彼女たちの美しさに立ち会うと、私が持ちうるブーツの種類分だけいくらでも再生産したいという願いを起こさせるのです。

S&Mスナイパー2005年4月号掲載



reijoh_shashinkan at 23:12|PermalinkComments(0) Share on Tumblr 衣装に関すること 
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