June 20, 2005

着装文化通信14 自縛

 SMやボンデージというものは基本的には相手がいてこそ、の遊びであります。SM趣味(といっても幅は広いですが)の人は一般的な社会のなかでは、現代におきましてもまだまだ「変態さん」と認識されてしまうことが少なくないようですから、多くの人が自分の性癖に気がつきつつも理想のパートナーに出会えずに、又はすでに恋人がいたとしても言い出せずに日々、様々な衝動に耐えつつ悶々と暮らしているのではないでしょうか。そもそもごく普通のお嬢さんに対して、おもむろに縄とセーラー服をとりだし、「これを着て縛られた君が見たいのだが」などというセリフを吐いて、その上さらに「いやいや、生足じゃなくて靴下の下にも重ねてパンストをはいてくれたまえ」などと指示を出したりできる人は、なかなか存在しないのではないでしょうか。下手をしたらこの御時世、警察沙汰にもなりかねません。
 しかし相手探しに苦労するのは何も「S」の方だけではありません。縛られたい、虐められたい、「M」の方こそ深刻ともいえるでしょう。特に受け身な立場であるMの方は相手にすべてを委ねてしまう分、軽はずみに相手を選んでしまいますと、肉体的にも精神的にも傷ついてしまう可能性がとても高いのです。理想の御主人様をみつけるのは実は理想の奴隷を探すよりも大変で危険なことなのです。
 他にも、縛られてみたいけど頼める人がいない、興味はあるけど…、ちょっと囚われのヒロイン気分に浸ってみたい、なんていう「私マゾなんです!」とまではいかないモデルさんは隷嬢寫眞館にも多くいらっしゃいます。そのような女性の皆様に、軽い気持ちで試していただきたいもの、それが「自縛」です。
 「自縛」、つまり「自分で自分を縛る」わけです。自給自足、一人二役、独り遊び…なんでもいいですがつまりそういうことです。必要なものは縄と少しの妄想力、これだけです。
 最大のメリットは相手がいなくても実行できることでしょう。「いつでもどこでも好きなだけ」、しかも縄の巻きつけ方、締め具合、すべて思い通りです。やはりある程度の限界はありますが、たいていの縛りは可能なのではないでしょうか。まずチャレンジしていただきたいのが、後ろ手縛りです。囚われのかわいそうな少女(ヒロイン)はやはり後ろ手に縛られていて欲しい、と願うのは私だけではないはずです。手錠などはお手軽でよいですが、やはりちょっとがんばって縄に挑戦して頂きたいところです。難しそうに思えますが、女性の方は手首の関節も柔らかく細いですから後ろ手でも縄を何回か巻きつけて、くるんくるんと結んでしまうことが意外とアッサリできてしまうものです。他にも上半身は勿論、「ホグタイ」、「あぐら縛り」、さらには「自吊り」(自分で吊る!)というところまで極める方もいらっしゃいます。特に相手との関係性や場面設定というよりは、拘束感そのものに喜びを感じるタイプの場合、癖になってしまう方も多いようです。(中には夜、自縛したまま寝てしまうという話しもききました。)
 私はといえば、特に「縛られ願望」はございませんので自分ではいたしませんが、「自縛して楽しむ女性」を眺めるのはまた新鮮な感動であります。自ら窮地に落ち入っていくヒロイン達…。自らの身体に縄を巻き付け拘束していく喜び、不自由になることへの願望、は私の理解できるところではありませんが、自分を縛る彼女達の表情は縛られた後のものとは又違った種類の興奮と欲望に満ちているように感じられます。縄を望む女性は美しい。一口にいうとただそれだけのことなのですが。
 ただ当然ですが、安全には十分に考慮して行うことが大切です。
自吊りに挑戦して縄に絡まって死んでしまった場合、自殺かそれとも他殺なのか?ということで周囲の人はさぞ困惑することでしょうから…。

S&Mスナイパー2005年8月号掲載



reijoh_shashinkan at 23:08|PermalinkComments(0) Share on Tumblr セルフボンデージ 

April 20, 2005

着装文化通信13 チャイナ服

 今回は、日常生活の中ではあまりお目にかかることのできない「チャイナ服の魅力」について少し触れさせて頂きたいと思います。「チャイナ服」は隷嬢寫眞館でも人気シリーズのひとつであり、外すことの出来ないジャンルであります。
 「チャイナ服」は、一般的にも「コスプレ」の一種として「セーラー服」や「体操服」、などのように確立されている人気ジャンルではありますが、その本質は他のものと異なるように思います。例えばセーラー服や体操服(ブルマ)なら女子学生、スーツならOL、メイドなら…給仕さん(?)などのように、普通のコスプレ衣装には、お決まりの場面を想定させるお約束というものが当然のように存在するのでありますが、チャイナ服にはそれが存在しません。チャイナ服は、誰がいつ何のために着るのかということをあまり問題にしないのです。ぶっちゃけた言い方をしてしまうと、外見が可愛らしい洋服の種類のひとつなのです。「チャイナ」という言葉は「中国」のことに他なりませんが、コスプレとしてのチャイナ服には中国関係の設定は特に必要とされていないことが多いように思います。まず設定ありき、いかにしてその場面の物語を妄想させ、その世界を感じさせるかが重要であるところの「コスプレ」において、この外観重視であり設定のつけにくい「チャイナ服」がここまでの人気と認知度を得ているのは、不思議といえば不思議なことです。それでも事実、チャイナ服は女性を美しくみせることに優れ、そしてそれに魅了されてしまう人は数多いのです。
 女性がひとたびチャイナ服に袖を通せば、(あの独特の布地は殆ど伸び縮み致しませんから)脚は思うように開かない、胸も締め付けられて、着用しただけでもちょっとした拘束衣を身にまとったような状態に陥ります。更に心持たない程の薄い布。体にぴったりとくっつくライン、およそ実用的とはいえない不自然に長いタイトスカートの丈、そして、まさにこれぞチャイナ服の醍醐味、深く入ったスリット。歩く度、露わに見え隠れする白き太腿。捲れる布地の形状の美しさ。(それは日本の着物の裾がめくれて、脚が見えた時の歓喜と少し似ていると筆者は思っています)
 さらに隷嬢寫眞館でチャイナ服を語る時、ストッキング、ハイヒールという小道具は切り離すことができません。派手な原色のチャイナ服に黒のストッキング、あるいは濃い茶系のパンティーストッキング、ああ、なんとも刺激的な色合いではありませんか。更に、高いヒールは妖艶な雰囲気を醸し出すのに重要なアイテムとなります。隷嬢達の、もがいてもがいて、捲れあがった裾から覗く白い脚、そしてその太腿に食い込むストッキング。そして更に巻き付く縄。チャイナ服を身にまとった隷嬢達は又、そのタイトさのゆえでしょうか、独特に色っぽい振る舞いとポーズを表現してくれます。例えば、写真のチャイナ服の彼女の絶妙な身体の傾き具合、ねじった腰の色っぽさ、組まれた手の形の美しさ、視線の表情、そしてなんともいえぬ脚の向きはどうでしょうか!この裾のめくれ具合はまさにチャイナならでは。布も魅せ、脚も魅せる。しかも絵になる。これがチャイナ服の最大の長所のひとつであり、筆者も又チャイナ服を好む理由のひとつなのであります。先日たまたまテレビで見たのですが、本場中国ではチャイな服はオーダーメイドが基本であって何十カ所も体のサイズを細かく計り、自分だけにピッタリのものを作るのだそうです。ということはその服を着続けるためには現在の体のラインを常に保たなければいけないわけです。あれ程体のラインがハッキリでるわけですから、そのプレッシャーと束縛感はいかほどのものであるか、おそらく計り知れぬものなのだとは思いますが、男である筆者には想像もつきません。ただ、精神的にせよ肉体的にせよ、自由を奪われ、束縛され、それに健気にも耐える女性の姿は美しく見えるものだということだけは、間違いないと思います。

S&Mスナイパー2005年6月号掲載



reijoh_shashinkan at 23:10|PermalinkComments(0) Share on Tumblr 衣装に関すること 

February 20, 2005

着装文化通信12 ブーツ

 秋・冬、街行く女性の脚にはブーツが欠かせません。脚にぴっちりと隙間なくフィットしていて、ヒールの高さが10センチ程度のデザインであれば、縄をかけずとも女性はボンデージ的な感覚を味わうことになります。ブーツ姿の女性は下手な縛り以上に拘束感を味わっているので、鑑賞する側の頭の働かせようによっては素晴らしいボンデージシーンを堪能することができるわけです。
 タイトなブーツは履いているだけで歩行を難しくします。なんといってもまず、そのヒールの高さで平衡感覚がゆらぐからです。ヒールはピン、即ち地面に触れる面積が狭ければ狭いほど安定感がなくなります。さらに追い討ちをかけるのが、足首の締め付け。パンプスでは味わえない苦しさです。その感触は、足首にロープが幾重にもきつく巻かれているのとよく似ているとのこと。特に購入直後で脚に馴染んでいないものは大変で、ひどい場合は足首を曲げることすらできないそうです。階段などの段差のある場所は特に足首を使いますから、手すりにつかまらないと階段を下りられないというモデルさんもいます。街でブーツ姿の女性を観察していると、時にこれに近い状態の方を見かけることがありますね。周囲に比べて歩行速度が極端に遅い。一足ごとに上半身が揺らいでいる。付き添いの男性にもたれかかり、ほとんど支えてもらっている方さえいます。彼女たちは、男性諸君からは想像もつかないような苦痛を一歩一歩耐え忍びながら歩いているのです。しかも歩数が増えれば増えるほど、脚の疲労と共に苦痛が倍増していくのです。その日一日歩行する歩数を考えると、その苦痛は一日中続く拷問のようなものです。まさか道で履物を取るわけにもいきませんから、まさしく白昼堂々野外ボンデージと言っても過言ではないでしょう。しかも哀れなことに、彼女たちはその苦痛などどこ吹く風と、ポーカーフェイスで隠さなければいけません。彼氏や連れの友人の前で苦悶に満ちた顔などしたら、折角のお洒落が台無しですからね。
 さて、私はそういう女性を眺めつつ、彼女の脚にかかる圧迫感や拘束感、それに伴う苦痛をまざまざと想像して楽しむわけです。ブーツはアクションヒロインのコスチュームをも連想させますので、捉われのヒロインといったシチュエーションが実によい妄想ネタになります。
 ここで肝心なのは、女性の脚を包むのはブーツだけではいけないという点です。女性の脚はブーツの下でさらにストッキングに包まれていなければいけません。素肌を晒したナマ脚ブーツなどはもう、私の着装文化的な視点でいえばほとんど鑑賞するに値しません。以前の号でオーバーニーソックスについて触れた時と同じ発想なのですが、女性の脚が幾重にも包まれている状態というのが私のフェティシズムをくすぐるのです。女性の肌、ナイロンの布地、そしてブーツの皮が醸し出す臭覚もたまりません。足先、指の間にじんわりと滲む汗がブーツの中で蒸れて、そのブーツを脱がして取り去る瞬間には、さぞかしムワリとした臭気が立ちのぼるでしょう。気取り上がった女性にとって、これは大変な恥部であるわけです。ですからなおさら私は、その臭いに興奮するのです。ああ、彼女に縄をかけたらどうなるだろう?そういう私の願望を具現化したのが写真●となります。ストッキングで光沢付いた太股。ぴっちりと脛と足首を締め付けるブーツ。ただでさえきつい足首を無情にもさらにロープが締め付けています。ミニスカートにもホットパンツにもよく合う可憐なブーツ姿ですが、下半身の拘束感は通常の緊縛の倍にもなると思われます。
 この苦しみに満ちた拘束感、逃れたがたいチラリズムにのたうちまわる彼女たちの美しさに立ち会うと、私が持ちうるブーツの種類分だけいくらでも再生産したいという願いを起こさせるのです。

S&Mスナイパー2005年4月号掲載



reijoh_shashinkan at 23:12|PermalinkComments(0) Share on Tumblr 衣装に関すること 

December 20, 2004

着装文化通信11 ホットパンツ

 私が長年にわたって非常な愛着を持っているコスチューム、それがホットパンツです。巷でミニスカートを着用する女性を見つけるのはさほど困難なことではありませんが、ホットパンツ着用の女性はなかなか見つかりません。ごく稀にホットパンツ姿の女性を見かけると、私は嬉しさのあまり、あらぬ妄想にかられ、その女性の後に着いて行きたくなる衝動を必死で抑えている始末です。
 それはともかく、何ゆえにホットパンツがボンデージ衣装として優れているか、または私を虜にするのかをご説明したいと思います。
 ホットパンツの魅力の筆頭といえば、何といっても女性のウエストからヒップにかけてのラインが美しく縁取られることにあります。逆を申せば、それゆえにホットパンツはなるべくタイトなサイズであることが望ましいのです。ピチピチに、それこそはちきれんばかりの状態、極端なことをいえば、ヒップの下半分がはみ出しているぐらいのもの、それが私の理想です。
 露出の多さですとかパンチラを考えると、ミニスカートを好む方も多いだろうことは否定いたしません。それはそれで味わいがありますが、パンチラに勝るとも劣らないホットパンツの美点は、股間の喰いこみです。堅いデニムのような布地がパンツのタイトさゆえに、どんどん股間へとめり込みワレ目の位置をくっきりとフチ取るのです。しかし、ホットパンツは下着ではありませんから、女性はそれをことさらに隠すことも適わず、いえ、むしろ堂々と局部の存在をアピールして下さるわけで、こちらとしても、何の衒いもなく、鑑賞ができるのです。これほどボンデージにうってつけの衣装があるでしょうか。
 第二の魅力といたしましては、脚部の露出です。股下数センチもない布地から飛び出た、まさに、太腿そのものといいましょうか、脚部全体をあますところなく見せてくれるのです。
 この二つの魅力を端的に捉えた私の実体験があります。ある日、エスカレーターに乗った私のすぐ前(二段程前)に何という幸運でしょうか、ホットパンツ姿の女性が立っていました。そしてエスタレーターの上昇とともに緩やかに私の視野に飛び込んできたのは、その女性の肉感的なヒップの丸みでありました。はやる鼓動を抑えようと、ヒップから視線を外して下方に目をやりますと、次には、その女性のスラリとした太腿が否応なく視界に入ってきてしまいました。忙しない生活環境の中におきまして、至福の瞬間とはまさにあのことでありましょう。
 かようなわけで、わざわざひん剥いて脱がす手間もなく女性が隠したがる部位を楽しめるわけですから、私の着衣緊縛写真にも際限なく登場してきます。スレンダーな女性であれば、スラリとした脚線を、豊満な女性であれば肉感的なヒップと太腿を、という具合に、「着せる」ことで、脱がせる以上に女体への妄想を掻き立ててくれるのです。
 写真の女性はどちらかといえば、肉感的なタイプで、まさに私の理想とするピチピチなヒップと太腿を惜しげもなく見せて下さいました。さらなるポイントとしは、ブーツと組み合わることで、ホットパンツに包まれた見事なヒップ、露出してさらに強調される太腿、入念に包みこんだ膝下、といったように、パーツごとにコントラストの効いた鑑賞でき、想像も膨らみます。
 撮影に際して、ムチムチした太腿をピッタリとくっつけるべく膝下にロープをかける時など、さきほどのエスカレーターの例よりも間近、まさに鼻先三寸に直立した女性の太腿があるわけで、舐めることも撫でることもいたしませんが、モデル嬢との四方山話に興じるフリをしながら、鼻腔をかすかにくすぐる色香をさり気なく吸い込む、そんな瞬間こそ縄師冥利につきるといえましょう。そして後日、このような写真を見返しては、ロープによって更に強調された太腿を思うさま堪能するのです。

S&Mスナイパー2005年2月号掲載



reijoh_shashinkan at 23:14|PermalinkComments(0) Share on Tumblr 衣装に関すること 

October 20, 2004

着装文化通信10 着せ替え

 今回は最近の私の試みの一つとしてボンデージにおける「着せ替え」を紹介いたします。掲載写真に写っている二人、今まさに一本の縄を脚から外そうと躍起になっている縛り役の女性と、おもちゃにされている自分の肉体を冷めた表情で見つめている縛られ役の女性との対比です。
 無論、私は従来も、女性同士で縛り合うというシチュエーションの作品は出してきました。しかしそこで描写されたのは、完成した縛りの状態のみでありました。ハーモニー社等の作品のように、女性が女性を縛りあげていく過程を撮ったシーンは、実際にそういう技術をお持ちのモデルが少ないという事情もあり、通常の緊縛シーン以上に撮影する機会に恵まれていなかったのです。
 さて、ここで行われている「着せ替え」とは、一口で言えば、緊縛された状態を保ちながら着衣を替えていく、という行為です。しかし、ストッキングやジャケットなど、肢体に纏った着衣は、縄を解かなければ、脱着不可能です。そのため、緊縛の一部分を解いては、また縛り直すという行為をパーツごとに繰り返しながら徐々に衣服を脱がせ、また新たな衣服を着せるという、かなりネチっこい進行になっているのです。緊縛を施された女性、ここでいえば黄色いスーツのモデルなのですが、スカートはロープを緩めることなく一気に脱がされてしまっています。問題はストッキングです。膝上に渡したロープをまず緩め、途中までストッキングをずり下げています。もう一人の女性が外しているのはその膝縄です。この縄を外してから、ガーターストッキングを足首までずり下げます。そしてもう一度膝上を縛り直しから、ストッキングをすっかり脱がすために足首の縄を解き、ハイヒールとストッキングを脚から脱がせます。そして、新しいストッキングを脚先に履かせ、足首を縛り直してから膝上のロープを解き、ストッキングを腰まで上げたところでもう一度膝上の縄を縛り直します。上半身のジャケットについても同様の作業が行われます。その結果、一つの衣装からもう一つの衣装への着せ替えが完了するというわけです。「縄」についていえば、①縛る→②解く→③縛る→④解くという全工程のうち、②解く→③縛るという中二つの工程を、この着せ替えの中でつぶさに鑑賞することができます。そして着衣の脱着の過程が装着した当人ではない他人の手によって行われていきます。ここでは、当然のことながら女性の身体の露出が目的とはならずに、脱がせる→着せるという工程と、その衣装そのものが鑑賞対象となるわけです。しかも、その工程は、通常の状態の身体ではなく緊縛を施されているわけですから、その手間たるや、動作たるや、なかなかに込み入っており、そこも見ごたえになってきます。特に私が興奮いたしますのは、女性が別の女性によってストッキングを穿かされるシーンです。自分の脚にストッキングを穿かせるのは、女性にとっては、さほど珍しい動作ではありません。しかし、別の女性によって、ストッキングを伝線させないようにしながら、柔らかな指先、撫で上げるようなタッチでナイロンをたくし上げられていく動作によって引き出される仄かな快感、肌の温度、自らの思うに動かせず他人の意のままに操られる屈辱感、そういった諸々の触覚や感情は、同じ行為を男性が彼女に施した場合とは繊細さにおいて決定的な違いがあろうかと思われます。
 縛り役の女性は、相手を意のままに操られるという状況に、この時非常に興奮し、時には昂ぶった笑みを漏らしておりました。逆に縛ら役の女性は、強張った視線で、決して言うなりになるまいと、不自由な状態ながらもイヤイヤをし続け、必死になって縛り役の女性を手こずらせてくれました。この二人の関係は、配役上では縛り役が召使で縛られ役が主人役という倒錯した状況である点も含めて、なかなかにユニークな仕上がりとなりました。

S&Mスナイパー2004年12月号掲載



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