February 18, 2008

このままじゃいかん

こんにちわ(*^^*)さやかです。
お気付きの方もいらっしゃると思いますが、月曜日の担当になりました☆
これからもチョクチョクローテーションしていきますので、宜しくお願い致します。

そろそろ生理のせいか、食欲が凄いです。
夕食にはご飯三杯とオカズ5品にデザートとポテトチップをいただいております。いつも以上の食欲で、かなり心配です…
このままいったら間違いなく太ります。しかも私は胸やオシリが太るわけではないので、かなり不安な食生活です。
控えれば良いのですが、止まりません… どうしましょ?(笑)

さてさて、話題はかわりますが、近々隷嬢の何かが変わり、大きな?変化がありますよ(*^^*)
気になるとは思いますが、まだ秘密です☆
みなさんが隷嬢をもっと楽しめて、また新鮮な喜びがあるだろうと思われる改造があります☆
それは乞う御期待! まだまだムフフな内緒ばなしですが、楽しみにしていてくださいね!

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正座のレースクィーン笑


reijoh_shashinkan at 09:37|PermalinkComments(2)TrackBack(0) Share on Tumblr 沙耶香 

February 17, 2008

倦怠期とは

隷嬢寫眞館は倦怠期というものがないですね、と言われたことがある。
これは、ここ数年、サイト更新が毎月実施ということで、とても定期的になったことに対する感想としていただいたものである。このように評価していただくことは、とてもありがたいことである。しかしながら、サイト更新が不定期になった場合、それは倦怠期に入ったためであるかというと、そうとは言い切れない。
そもそも「倦怠期」とは何なのだろうということで、広辞苑をひもといてみると、以下のようにある。

 けんたい【倦怠】①いやになってなまけること。あきあ
  きすること。②疲れてだるいこと。「-感」 -・き【倦
  怠期】(主に夫婦の間で)互いに飽きてわずらわしくな
  る時期。「-を迎える」

これに従えば、隷嬢寫眞館に倦怠期を用いることは、本来の倦怠期の用法と異なるともいわれそうであるが、あえて、「いやになってなまけたくなる時期」という意味で用いることにすれば、そう違和感もないであろう。
これまで、隷嬢寫眞館の更新が不定期となったことは多々ある。しかしながら、なまけたくなって更新を怠ったわけではなく、第一にサイト更新の時間が別の業務の影響で取れなくなってしまった場合、第二に夏バテや高熱や入院などの体調不良によって更新が不能になってしまった場合、の大きく二つの事由による。なので、サイト更新が不定期になったり、あるいは、遅延したりしたとしても、それが倦怠期に入ったためというのは当たらない。
では、倦怠期というものがまったくないのかといえば、実はある。サイト更新というよりも、むしろ撮影のほうでそれが顕著に出る。撮影を全くしたくなくなる時期が、ときたまやってくるのである。過去を見ると、長いときで1年くらい撮影しないときがある。理由はよくわからない。スランプともいえるし、あるいは他の事由なのかもしれない。
最近ではこういうことはなくなっているのだが、またいつそういう気持に陥るかもわからない。でも、頑張って撮りつづけたいと常に思う次第である。
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reijoh_shashinkan at 23:05|PermalinkComments(0)TrackBack(0) Share on Tumblr その他全般 

February 16, 2008

隷嬢寫眞館の撮影会に関する覚書

本日、初期の頃からのファンの方よりメールを頂戴いたしました。
読ませていただいて、とても懐かしく思い、かつ、また制作意欲も増進いたしました。
このようなメールは、本当にありがたいものと思います。
以下、一部ですが抜粋して紹介させていただきます。

こんにちは、○○です。
 ご無沙汰しております。以前隷嬢寫眞館の会員としてイベント等で大変お世話になりました。その後、如何お過ごしでしょうか?
 隷嬢寫眞館11周年おめでとうございます。
(中略)
 隷嬢寫眞館のWebサイトの方ですが、その後も、拝見させていただいております。本当に何処からそんなに沢山モデルさんを発掘されるのだろうと、大変感心させられるほど新しいモデルさんが出てくるので、それもまた楽しみでありますが、川島真由里さんが未だ隷嬢寫眞館の現役バリバリのモデルとしてご活躍されている事は、初期の頃からの会員である私としてもなんだか嬉しい限りです。まあ、話はいろいろつきませんが(笑)
(中略)
 以前、隷嬢寫眞館さんのイベントは本当に楽しかったですよね。撮影会もそうですが、その後のオフ会が私としては非常に楽しみでした。今回ブログを拝見していたらイベント復活されるとの事でしたので、もしまだ締め切りで無い様でしたら23日のイベントに参加させていただく事は可能ですか?もし問題なければまたお仲間に入れさせて下さい。もし、再会する事になれば確か、2002年の埼玉以来となるので早いもので6年ぶりになるのですね。
(後略)


以上です。
さて、この中で「2002年の埼玉以来」との記述がございます。これは、2002年6月29日(土)斎藤ゆり撮影会のことでありまして、実はこれが今のところ隷嬢寫眞館のもっとも最新の撮影会であったわけです。言い換えますと、それ以来何も実施してないということなのです。確かに結構な時間が経過しておりますね。
あの頃を思い起こしますと、だいたい2000年前後の頃から、「ボンデージ」または「着衣緊縛」というジャンルが従来の「SM」の中から一種の生存権を勝ち得て、様々な国産ボンデージウェブサイトが誕生していた時代だったと思います。実に、ボンデージ・ウェブ春秋時代に突入した時期といってもよいのではないでしょうか。そんな時代を、隷嬢寫眞館はひっそりとイベントを閉じて冬眠状態に移行していったわけです。戦乱の世を避けて山に入ってしまった老子みたいでカッコイイじゃん、と自分勝手に喜んではみたものの、やはりファンの皆様には寂しい思いをさせてしまっていたのではないかと、反省することしきりです。
やはり、そろそろ重い腰を上げる時が来たのかなとも実感いたした次第です。(でも最近腰痛が厳しくて昔ほどバリバリ動けないかもしれませぬが)
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reijoh_shashinkan at 22:04|PermalinkComments(2)TrackBack(0) Share on Tumblr その他全般 

February 15, 2008

菓子屋の陰謀という説も・・・

みなさまごきげんよう、

聖青空です。

廣島 515

昨日はバレンタインでしたが、

収穫はございましたでしょうか。

なんで日本だけ女子が男子にプレゼントするのか解せません。

しかもなにゆえチョコなのか。

男子ってチョコ好きな人ばかりではなさそーな気がしますけどもどうなんでしょうね。

いっそ煎餅とかのほうがいいんじゃないですかね。日本なんですし。

ザラメでハートをあしらったりしてね。それってなんてエキゾチックジャパン。

あ、私ですか?

もちろん誰にもあげてません。

なぜならあげる相手がいないから。

仮にいたとしてもマイノリティバレンタイン(女が男子にチョコあげる)より

正統派バレンタイン(男がおなごに薔薇とかあげる)のほうがいいです。

ホワイトデーは廃止でいいと思いまーす。やはり各国共通がいいと思いまーす。


reijoh_shashinkan at 08:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0) Share on Tumblr 聖青空 

February 14, 2008

開設11周年!

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 本日をもちまして、隷嬢寫眞館は開設11周年を迎えました。皆様の温かいご支援のおかげでここまで来ることが出来ました。本当にありがとうございました。これからも、20周年記念に向けて頑張ってまいりたいと思いますので、引き続き、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願い申し上げます。ちなみに、画像は隷嬢寫眞館第1版のトップに掲載したものです。(今見ると画質がイマイチですねー。)
 ところで、最近の自分ですが、だいぶ記憶力が衰えてきております。とかく忘却の淵に沈みがちな、開設前の流れについて、忘れてしまわぬうちにさっくり書いておきたいと思います。決して神話のような世界でなく、貧乏親父がおろおろとPCと格闘する生々しい世界でありました。なかなか時間が取れないので短文で恐縮ですが、いずれしっかりとした文章にまとめたいと思います。今回は飽くまでも覚書といった体裁です。

◆1996年1月
 我が家にPCを導入。PCはコンパック社製であったと記憶している。OSはWindows3.1、HDD256MB、メモリ16MBという、今思えばとてつもなく貧相なスペックであった。こんな環境で当時いったい何が出来たのかについての記憶はない。
◆1996年2月
 初めてインターネットに接続。ブラウザはネットスケープで、これは当時有料ソフトであった。プロバイダはアスキー社。アスキー社はその後すぐにプロバイダ業から撤退することになる。
◆1996年5月
 ネットサーフィンが本格化。インターネットに関する書籍を読みあさっては、何かを試してみる、という日々が暫く続く。PCスペックがよくないので、当然のことながら動作が遅く、他愛のないことでも相当の時間を要した。今思えば、随分と気の長い自分であったことよと感心する次第である。
◆1996年7月
 エプソン社のスキャナーを購入。当時はUSBなんて便利なものはないので、SCSI(スカジー)カードを別に購入。開封してみたら接続ケーブルは別売とあって、あわてて追加購入。正確な記憶ではないが、全部で10万円以上かかってしまったと思う。フォトレタッチソフトはスキャナー付属のフォトマジックとかいうソフトを使用した。画像ファイルの規格(BMP/JPG/GIF等)がたくさんあるということを初めて知る。その時点では、どれがどれだか全く知らなかったので、とりあえず選択肢の一番上部にあったBMPでどんどん保存。あっという間にHDDがパンクしかけた。HDD内の画像ファイルを外部記憶装置に退避しようとしたのだが、1ファイル容量が10MBくらいだったので、当時の主流であったFDD(1.4MB)では対応できず、MO導入を検討。(CD-Rはまだ主流ではなかったと思う)その後JPG等を理解し、ようやく画像ファイルが自分にとって扱いやすいものになった。
◆1996年9月
 過去に撮った作品を、当時の投稿サイトに投稿してみた。初めての投稿である。今日の画像掲示板のように簡単に出来るものではなく、管理人にメールを送って、管理人に手作業でアップしてもらうというもの。数は少なかったが、SM系やフェチ系サイトは、当時も存在はしていたのだ。投稿した結果はというと、大概は不評。「服を脱がないのはちょっと」という返事をいただいた。やはり、自力で自分の世界を築くしかない、と思ったりした。
◆1996年11月
 パフォーマンス・チューニングの書籍等も読みあさって、動作を速くするためPC環境を整備していった。これは、先の自己サイト構築の思いの他に、当時のインターネット環境をめぐる料金制により、毎月10万円以上のコストに対してなんとかせねばならんと思ったせいもある。(NTT回線使用料及びプロバイダ接続料のそれぞれが従量制であった)
◆1996年12月
 「ホームページ」なるものを作成するためには「HTML」なるものを習得せねばならぬということを知る。一般のプログラム言語に比べるとはるかに容易なものであるから、理解は早かった。ついでに「JavaScript」さらに「Java」へと進出していった。学習方法は、海外サイトを開いて、ソースを表示し、そのソースを徹底的に解析し、使えそうな箇所は取り入れるといった手法の繰り返しであった。
◆1997年1月
 とりあえず作成してみたものを試験的にアップロードしてみる。実際アップしてみると何かと不具合が目につくものである。以後、更新を繰り返す。
◆1997年2月
 2月14日、この日の更新をもって、とりあえず自己満足。アップロードを休止する。これが隷嬢寫眞館の第1版である。当時のネチケット本(死語?)に「インターネットは世界中のユーザーが利用するものだから、当然国際語である英語で記述するべきだ」と書いてあり、これに馬鹿正直に従った結果、この第1版はすべて英語で書かれていた。自分でもメンテしづらくなって、ひと月後には日本語・英語の並行版となる。


reijoh_shashinkan at 15:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0) Share on Tumblr その他全般 
FANTIA and PATREON


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